前世では僕は良くも悪くも地味な存在であった。
運動は人並み。
勉強はできる方ではあったが、高校生活という中では勉強ができることはそれほど注目には値しなかった。
容姿も不細工でもなければイケメンでもない、普通(印象の薄い)の男だった。
性格は穏やかだとか優しいだとか無難なことくらいしか言われたことがない。
第一印象としては良く思われることの方が多かったが、男らしさや個性には欠けていた。
とはいえ大きな挫折もなく、無難な人生に満足していないでもなかった。
大きな失敗さえしなければ、そこそこな暮らしはできる。
ただ、心の奥底ではクラスのリーダー的な人物や会社を引っ張るエリート社員のような人物に憧れていた。
もし次の人生というものがあるのであればキム◯クみたいなカリスマ性のある、そんな注目に値するような、求心力のある人物になりたい、そう願っていた。
そしてその願いは半分叶い、半分叶わなかった。
僕は王子という国で最も注目される人物として生を受けた。
しかし実際に転生しても何も変わってはいなかった。
それはそうだ、王子に生まれ変わったといっても中身は前世のままなのだから。
しかも転生後の僕は病弱だった。
痩せ細った男の子で、前世の性格での性格も合わさり、やはり目立つような人物にはなっていなかった。
病弱であったことは転生したことや前世の記憶との混乱の影響があったためであり、現在はほぼほぼ問題はなくなっている。
それでも周りの様子を窺うと、王子としてあまり期待されていない、そんなふうに感じるのである。
今回のこともそうだ。
魔法を習得して、前世の記憶を利用して、すごい能力を身につけてみんなを見返したい、すごい男になるんだと心の底では期待をしていた。
でもやっぱりダメだった。
ちょっと魔素を流し込んでもらっただけで倒れてしまった。
きっと魔法の才能などなかったのだろう。
これがよくあることであれば事前に教えてくれているだろうし、もっと慎重に訓練は実施されただろう。
おそらくは人並み以下の結果になってしまったのだ。
これでまた病弱な印象が強化されてしまうだろう。
ちくしょう…
悔しいなぁ…..
ベッドに横たわって眠るシャルルに寄り添い、手を握りながらアンナは祈りを込めていた。
医者からは命には別状はないだろうと言われ、ベッドで休むことになっていたが、アンナは心配で気が気じゃなかった。
最近はようやく元気になられてきてシャルル様の明るい笑顔が増えてきたのだ。
以前は精神的に混乱することも多く、まるで自分が自分でないような、そんなおかしな発言をすることも多く、苦しむ様子が多くみられた。
元気だと思われるときでも立ちくらみや、見方によっては幻覚と思われるような症状を訴えることもあり、アンナはシャルルの体調を第一に仕えていた。
9歳年下のこの王子様に仕えることが決まったのは、シャルル様が3歳の時、自分が12歳の時のことだった。
王族は3歳までは王妃が育てられ、そのあとは侍女に育児を託される。
侍女もまたその時に忠誠を誓うことになる。
侍女という役割は代々引き継がれることが習わしである。
侍女は王族にとって最も身近な存在であり、気を許せる相手でもあるため、出自の明らかな者でなければならない。
そして様々な思想に染まる前には侍女という役割を担う必要があり、通常12〜18歳の間で侍女に任命される。
12歳までに侍女としての適性があるか判定されるし、18歳を超えると王城の使用人として働くことになる。
侍女に選ばれることはアンナにとって夢であり憧れであった。
アンナの母親は侍女長であり、現国王の侍女でもあるのだ。
それを見て育ったアンナは自分もいつか母親のように侍女として王族を支えたい、力になりたい、お守りしたいと強く思うようになったのだ。
そして侍女に選ばれる上で最も重要なのはタイミングだ。
王が子をなし、子が3歳になるとき侍女は任命される。
私は運がよかった。
ちょうど自分が12歳となるとき、シャルル様が3歳になるのは分かっていた。
もちろん他にも候補者がいたため、自分が選ばれるように一生懸命に勉強し、給仕や介抱の仕方を学んだ。
そしてシャルル様が3歳になられたとき、晴れて自分はシャルル様の侍女に任命されることとなった。
任命したのは侍女長である母親であった。
侍女長である母親から命にかけても王子を守り、寄り添い、共に歩むことを命じられた。
王の侍女として仕える母の姿を見て育った自分にとって、同じ道を歩めることは誇りだった。
その誇りにかけて、シャルル様に何があったとしても守らなければいけない、寄り添わなければいけない、共に歩まなければいけないと、そう誓いをたてたのだ。
しかし侍女としての務めは思った以上に難しかった。
シャルル様は小さい頃より調子を崩しやすいお方だと聞いていたが、自意識が芽生えだす2〜3歳頃から頻繁に精神的に不安定となり発作を起こしたり、よく分からない言葉のようなものを話したり、夢と現実の境目が分からないような混乱に陥ったりするようになったのだ。
宮廷専属の医者からも原因不明と言われ、成長により安定するのを待つしかないとそう言われていた。
そんなシャルルをアンナはとても不憫に思った。
王子として生を受け、将来は国を背負っていかなければいけない。
シャルル様には二人の姉がいるが、王位継承権は王子であるシャルル様にある。
病弱な王子であることに、王の側近達や貴族からはすでに不安の声があがっている。
これであれば姉のどちらかが王になった方が国のためなのではないかと、派閥を作るような動きもみられた。
自分が忠誠を誓ったこの王子にこの国の王が務まるのかどうか不安がないわけではないが、自分が侍女としてどのように貢献するかは、シャルル様の成長に大きな影響を与えるといえた。
母はそのことを見越して私にシャルル様をお任せになったのだ。
それは偏に母親から信頼されているということであり、その信頼に応えられるよう自分ができることは最大限貢献したい。
しかし色々な工夫や解決方法を模索してみたが意味はなかった。
シャルルは苦しみ続け、アンナにできることはシャルルに寄り添い、抱きしめ安心させてあげることだけだった。
腕の中で小さく息をする、まだ幼い王子様の健やかな成長を祈りながら。
このような祈る日々がアンナの母性を開花させたのかもしれない。
祈りの甲斐もあって、徐々にではあるがシャルルの体調は安定し、人並みの活動が行えるようになってきた。
最近では散歩をよくするようになったし、武術にも興味を持たれるようになった。
この辺はやはり男の子だなと、クスリと微笑む場面であった。
そしてシャルル様はとても高い知性を備えていることが分かってきた。
なんと一週間ほどで文字を覚え、算術を身につけてしまったのだ。
これにはアンナはとても驚かされ、王族足りうる才能の一端を垣間見た瞬間となった。
そして何より、シャルル様はとてもお優しい人格の持ち主なのだ。
私のことも決して蔑ろにしない。
いつも感謝の気持ちを伝えてくれるし、私の意思を尊重してくれるのだ。
この方に仕えることができてよかった。
今後もシャルル様のために全身全霊を尽くそう。
シャルルが倒れたのはそんな誓いを立てた矢先のことだった。
油断したのだ。
体調が良くなって、シャルル様が活き活きとされ、武術や学問、魔法を学ぼうと頑張る姿が見ていて嬉しかったのだ。
しかしまたシャルル様が寝込むような状況になってしまった。
自分がもっと慎重に魔法の練習をするように声をかけていれば、ルーイズにシャルル様の健康面の情報を事前に入念に伝えていたならばこのような結果にはならなかったのではないか。
今まで自分が一番近くでシャルル様を見てきたのだ。
シャルル様のことは自分が一番わかっているつもりだったのに。
あんなはそんな強い自責の念にかられていたのだ。
もしこのままシャルル様が目覚めなければ、目覚めてもこれまで以上に体調が不安定になってしまっていたらそれは自分のせいだと、そう考えていた。
しかしどんなに悔やんでも時間を遡ることはできない。
できることはもはや祈ることだけであった。
アンナはシャルルの手を握り締め、必死で祈っていた。
どうか無事に、どうかこれまで通り元気に目を覚ましてくれることを念じて。