この世界には印刷の技術はまだない。
そのためすべての本は手書きであり、読めば読むほどに劣化してしまい、破れたり汚れたりすればその部分は読めなくなってしまう。
本は過去の偉人たちの叡智の結晶であり、王国の発展に欠かせないものである。
故に宮廷図書館は厳重な管理がなされていると同時に、入館を許可される者はごく一部の人に限られる。
そして僕はもちろん入館できる権限をもっている。
なんたってこの国の王子なのだから当然だよね。
図書館は城の3階部分の奥の方にある。
3階回廊を抜けた暗くて窓のない廊下の先にあり、重厚な扉で閉ざされている。
ラスボスでもいるの?と思わせるような厳然とした佇まいだ。
ちなみに城は4階建てである。
4階が王族の居室。
3階が謁見の間と図書館。
2階は王城の各部署や客室など。
1階はロビー、ダンスホール、厨房や食堂、使用人の部屋など。
といった作りになっている。
正直、広くて移動が大変すぎる。
最初は異世界感満載で喜ばしい気持ちもあったが、今となっては小ぢんまりした普通の家が一番だと感じる。
転生しても価値観は日本人のままであった。
アンナに連れられ、はじめて宮廷図書館にやってきた。
図書館の扉の前には常に騎士が二人配備されている。
さながら門番だな。
「シャルル様、ここが宮廷図書館です。そして申し訳ありません。私はここまでしかご案内することができません」
いくら王子の専属侍女といっても本を読むどころか入館することさえ認められないのだそう。
かなり厳重に守られているが、どんな重要な情報が秘匿されているのか楽しみで仕方がない。
「二刻ほどしましたらお迎えにあがろうかと思いますがいかがでしょうか?」
「うん、それでいいよ。よろしくね」
王子ともあると一人で行動なんて許されないのだ。
これ意外としんどいんだよなぁ。
自由がないって辛い。
「中に入りましたら司書長のロベール様がいらっしゃいますので、本に関することはロベール様にお尋ねしてみてください」
「わかったよ、ありがとう」
そう言って図書館の扉の前に立つ。
見るからに重厚な扉だ。
「ご苦労様です」
騎士の二人に労いの言葉をかける。
「痛み入ります。では扉を開けますが、シャルル様は初めて図書館を利用されますので、入館に関する説明をさせていただきます」
ん?なに?
入館資格が必要なだけじゃなくて、入館に関するルールもあるの??
「この扉は非常に重く、私達がそれぞれ左右の扉を押し開けますので、その間に中に入ってください。出るときも同様ですが、あまり長く開け続けることはできませんので素早くお願いいたします」
おいおい試しの門かよ…かなり厳重だな。
どんだけの極秘情報があるんだろ。なんかドキドキしてきたぞ。
「へぇ、どれくらい重いんですか?」
「魔法を使って身体強化をして、どうにか開くことができるくらいです。これができなければここで任務につくことはできません」
つまりは図書館に入るには最低でも二人の魔法を使える屈強な人が必要ということか。
「ちなみに中から扉を開くことはできません」
「・・・・」
じゃぁ、こっそり中に入って調べ物をしたりすることはできないのか。
いや、しないけどね?
というか中に入ったはいいものの、誰も開けてくれなかったら閉じ込められたのと一緒じゃん。
本当に本の保全のためだけなのか?と疑わざるを得ない。
なにせここは城の中だ。
誰でも出入りできる場所じゃないし、本の保全だけであれば鍵をかければいいだけだ。
まぁその辺も少しずつ調べてみるか。
「試しにさ、僕が開けてみてもいいかい」
「は..はぁ。良いのですが..無理なさらないようにお願いします」
よし、ちょっと気合を入れて押してみるか。
「せーの、、ふんム”ー!!!!!!!」
と本気の本気で扉を押してみたが、1㎜も動かなかった。
本当に扉?!
「シャルル様、この扉は騎士団員の中にも開くことができない者もいます。それほどに重厚に作られています」
「はぁ。分かったよ。じゃあ開けてもらえる?」
「かしこまりました。では扉を開きますので入館する準備をお願いします」
「いくぞ」
2人の騎士が左右の扉それぞれの前に立ち、重心を落とし姿勢を整え集中力を高めていく。
「1、2の3!!!」
ゴゴゴゴゴ…と少しずつ扉が開いていく
「おお。すげぇ」
「シャルル様!」
呼びかけに応じ素早く扉の間をすり抜け図書館の中に入り込む。
僕が無事入館するとそれを確認した騎士たちはすぐにゆっくりと扉を閉めていく。
閉まった扉の内側には取手はついておらず、内側から開けることなどできないと暗に示すかのようであった。
次に開くのは二刻後か。
何度も開け閉めさせるのは騎士たちに申し訳ないな。
もし疲れて失敗なんかされたら扉で挟まれてしまうなんてこともあるかもしれない。
もう二度と圧死はしたくない。
そんなことを考えていると前世の最後の記憶がフラッシュバックしてきて呼吸が苦しくなってきた。
やばい、ここで発作を起こしたら何しにきたのかわからん!
てかここで倒れても誰か助けには来てくれるのだろうか?!
と地面に手をつき焦っていると
「あなた誰?」
と声をかけられた。
声の方を見るとジト目でおさげ髪の少女が立っていた。
頭には黒い角帽をかぶり、黒いガウンを纏っている。
僕と似たような年齢だろうか。
息苦しそうにしている僕に対しても淡々と話しかけてくる。
そんな淡々とした対応に、冷静を少しずつ取り戻した僕は、
「ありがとう。僕は王子のシャルルだよ」とどうにか答えることができた。
「別に何もしていない。何をしにきたの?」
「本を読みにきたんだ。ここにはたくさんの本があるって聞いたからね」
「ふーん…。分かった。お父さんを読んでくるから待ってて」
お父さん…と言うことはこの子は司書長ロベールさんの娘さんか。
少し待っていると女の子に連れられた中年の男性がやってきた。
「これはこれはシャルル様。お初にお目にかかります。ここで司書長をやっているロベールと申します。以後お見知り置きを」
ロベールさんも娘と同様、黒い角帽とガウンといった服装だ。丸いメガネをかけた優しい表情の男性だった。
「ロベールさん。王子のシャルルです。よろしくお願いします。今日は本を読みにきました。これからもちょくちょくお邪魔することになると思いますがよろしくお願いします」
「もちろん大歓迎です。ここに本を読みにくる人はほとんどおりません。もちろん許可されている人が限られているためでもありますが、それでもほとんど誰も来ることはないのです」
「こちらは娘のクロエです。シャルル様とは同い年になります。ほらご挨拶をしなさい」
「・・・クロエです」
無愛想..というか関心がないといった感じでクロエは挨拶をした。
「改めてよろしく。シャルルです」
と苦笑しながら答えた。
「シャルル様、申し訳ありません。仕事上、この図書館の中に籠りきりで、この子も幼い時からほとんどの時間をこの図書館の中で過ごしております。そのため他者との関わりがほとんどなく不躾な子に育ってしまいまして…」
「ははは…」
うん、まぁ悪い子ではなさそうだし、そのうち仲良くなれるでしょ。