NanatoMutsuki
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Reスタートはカースト最上位から(仮)

第一部 幼少期編 第八話 魔素

魔素を体に流し込まれた僕は意識を失った。

魔素が体中を走り回り、体を蝕むような感覚があった。

魔素は自分の感覚神経とリンクしているのか、走り回っている魔素の一つ一つを感じることができた。

それは通常、感覚神経から得られている情報とは桁違いの量であった。

筋肉や内蔵はおろか、毛根の一つ一つ、血中の成分、肺胞で交換されている酸素や二酸化炭素までも把握できた。

本来人の脳は処理できる量を上回る情報はフィルタリングされる。

しかしこの時はフィルタリングされず体内のすべての情報が脳で処理されていた。

これにより僕は意識を失った。

いや意識はあった。

脳での情報処理以外の機能が一時的に失われた状態であったと言える。

通常このような膨大な情報を脳で処理することはできない。

しかしこのときは魔法によって強制的に脳が強化され、膨大な情報処理が可能となっていた。

そんな状態で何日経過しただろうか。

強化されているとはいえ、さすがに僕の無意識の精神でさえ極度に疲弊し限界を迎えようとしていた。

そんなときである。

手から新たな魔素が流れ込んでくるのが分かった。

さすがに心が折れた。

もうこれ以上は耐えられない。

これ以上の情報は処理することはできない。

やっぱりもってない側の人間だったんだなぁと、諦めかけた。

しかし体に入ってきた魔素は、自分の中にある魔素とは混じり合わず、全身に広がり体を癒やしていった。

それは温かく、健やかで、優しい魔素だった。

その魔素は僕の体内にあった魔素と結合しだして、体を癒やし、脳を癒やし、精神を癒やした。

それは少し前まで調子を崩した時に、アンナが抱きしめ優しく包みこんでくれていたことを思い出させた。

そして気付いてしまった。

僕が求めていたことはこれなんだと。

カーストの最上位に上り詰めることでも、誰かにマウントをとることでもない。

人と人が親愛し、深愛し、信愛し合う。

それこそが心が満たされるということなのだと。

そこからは優しい光の中を漂いながら、干したての布団に寝転がるように安らかな時間を過ごした。

今では体の隅々を巡っている魔素を心地良く感じることができた。

今まで知らなかった新しい自分に出会い、馴染んでいく、そんな感覚。

夢のような時間はあっという間に過ぎ、現実の世界で僕が目覚めたのは倒れてから7日後のことであった。

目覚めはとてもよいものだったが、一週間も寝ていたせいで体がものすごく痛く、強い倦怠感を感じた。

しかし目覚めた瞬間、自分の体の、世界の感じ方が全く違うものになっていたことに気付いた。

体の中の魔素はなくなっていたが、なくなったことを確かに感じることができたし、空気中に漂っているキラキラしたものが魔素であることが感じ取れた。

やはりこれは魔法に関連したものだったのだ。

そして今の自分であれば魔法を使える確信があった。

空気中に漂う魔素を体内に取り込む。

一瞬ルイーズから魔素を流し込んでもらったときの記憶がフラッシュバックするが、魔素は滞ることなく僕の体の中に入り込み、体の中を浮遊している。

そして魔素を通じて体内の情報の全てが脳で把握できた。

今の僕の体の状態は、栄養失調、脱水、内蔵機能低下、自律神経機能低下、筋萎縮と柔軟性低下などだ。

体内の魔素を栄養と水分に変換し血液へ補液。

内蔵機能と自律神経機能、筋肉に回復をかける。

そんな具体的なイメージを想起し、アニメや漫画で見たような魔法の発動を真似して念じながら詠唱した。

「ヒーリング」

すると体が淡く光りだし、体の不調感はほとんどなくなっていった。

ベッドから上半身を起こして起き上がる。

先ほどまであった体の痛みが嘘のようになくなっていた。

これを使えば筋トレし放題じゃね?

いや治癒してしまったら筋肥大がおこらず筋トレにならないのか?

など早速どうでもよいことを考える余裕があった。

外の様子を見て早朝であることが分かった。

ベッドの端ではアンナがもたれるように寝ていた。

ずっと付き添ってくれていたのだろう。

また心配をかけちゃったかな?

少し迷うがアンナを起こすことにした。

このままでは寝にくいだろう。

「アンナ、アンナ」

ベッドにもたれていたアンナを軽く揺すって起こす。

次第に目が覚めたアンナは

「シャルル様!!」

と大きな声で驚きながら飛び上がった。

「お目覚めになられたのですね!今すぐお医者を呼んできます!!」

「アンナ、待って」

「僕は大丈夫だから、もう少し後でいいよ」

早朝だし、呼び出すのも申し訳ない。

「でも…!」

言っても聞かなそうなので、立ち上がってアンナを抱きしめた。

「僕はもう大丈夫だよ。心配をかけたね。ずっと付き添ってくれていたんだよね?いつもありがとう」

アンナの体は強張っていたが、徐々に力が抜けていき、次に肩がわずかに震えだした。

「ぐすっ…シャルル様ぁ、心配したんですよぉ…。7日間も眠ったままで、もうこのまま目を覚まさないんじゃないかって…」

涙を流しながらアンナも抱き返してきた。

「え、7日も寝てたの?」

どおりで体が痛かったはずだ。

「本当に大丈夫なんですか?無理してないですか?」

「本当に大丈夫だよ。安心して?」

「・・・しばらくは安心できません」

「・・やっぱり?」

しばらくはアンナに頭があがらないだろうなぁ。

それから倒れてからのことを時系列でアンナから教えてもらった。

医者が駆けつけたのはもちろんのことだが、当事者からの事情聴取の後、ルーイズさんが拘留されることになってしまったことには驚いた。

考えてみれば王子が意識不明となってしまう原因を作った張本人であるため、仕方ない状況ではあるのだろうけど、ルイーズさんは何も悪いことはしていない。

ルイーズさんは僕に魔素を送り込んだだけで、通常その程度では問題が起こらないのが普通のようだ。

すぐに拘留を解くように掛け合わないといけない。

それにしてもなぜこんなことになったのか。

おそらくだが、僕は魔素に敏感な体質なのだと思う。

僕には魔素が空気中にも存在していることを視認できているし、体の中も体の外も魔素を介して情報も手にとるように感じ取ることができるのだ。

敏感(言い方によっては過敏)な体質のために、魔素が体の中に初めて流れ込んだことで一時的なショック状態に陥ってしまったのだろう。

しかしなぜこの世界の住人には魔素が見えず僕にだけ見えてしまうのだろう。

僕はこの世界で生まれた。

体の構造は何も違わない。

では違いがあるとすれば何か。

僕は転生者だ。

この世界に他の転生者がいるかどうかは分からないが、違いということであればこれしか思い浮かばない。

前世の世界には魔素はなく、魔法もなかった。

いや正しくは観測されたことはなかった。

理屈上では観測されている物質やエネルギーは全体の5%程度で、観測されていない残りの95%はダークマターやダークエネルギーなるものだと言われていた。

この世界にとってのダークマターが魔素?

そうだと仮定すると魔素のない世界からきた僕は、本来この世界では観測することが難しい魔素を見たり感じたりすることができる特別体質ということなのか?

「むふふ」

ついに念願の特殊能力を手に入れた。

色々と試してみたいなぁ、と夢想していたら、

「シャルル様、話を聞いていますか!?」

とアンナに怒られてしまった。

いかんいかん。

力を手に入れることは良いことばかりではない。

力があるということは頼られ、恐れられ、時として足元をすくわれることもあるだろう。

能ある鷹は爪を隠すというし、これはなるべく秘匿して過ごすことにしよう。

とりあえずルイーズさんを助けてあげないとな。