NanatoMutsuki
welcome to my room
Reスタートはカースト最上位から(仮)

プロローグ

俺の人生は割と順調だった。

幼いときから親に医者になれと言われ勉学に励んできた。

給料も良いし、医師免許さえとってしまえばある程度の待遇は約束される。

社会的地位も高いとか、そんな理由だった。

勉強を頑張ることはそんなに苦ではなかった。

決してガリ勉というわけでもなかったし、運動も中の上くらいには行えた。

小学校〜高校もイジメにも合わず、友達もでき、一通り恋愛もして、それなりに充実した生活だった。

そんな甲斐もあって無事医学部受験にも成功したし、医師免許も取得できた。

医師というだけでチヤホヤされるし、収入も同級生に比べると高い方だった。

とはいえここまでの成功を収めるにはそれなりの苦労はした。

大学受験勉強は決して気が抜けなかったし、高校3年生のときにはひたすら勉強に勉強を重ねた。

いわゆる天才ではなかったので努力しなければ合格できないことは分かっていた。

日本の医師国家試験は合格率も高く人並みに勉強していれば合格できると分かっていたので、大学受験ほどのプレッシャーはなかったが、それでも周りには優秀な人が大勢いたため、ついていくには必死だった。

研修医時代にはまだ右も左も分からない中、とにかく必死に勉強して目の前の患者に向き合った。

今思えばよくここまで頑張れたなと思う。

そしてそんな時代を支えてくれたのが妻だった。

妻との出会いは成人式のときだった。

元々高校の同級生だったので面識はあった。

彼女は美人な方で当時も男子生徒から人気が高く、自分自身も憧れる存在だった。

しかし当時の自分と彼女では釣り合いがとれなかった。

いわゆるスクールカーストで彼女は自分より上のランクであった。

なんとなくそんな位置付けを自覚していたものだから当時は憧れさえあれ、恋愛や片想いに発展などすることもなく時は過ぎ去っていった。

今思えばスクールカーストなんてくだらないと思う。

要するに派手で声が大きい陽キャな奴が上のカーストにいけるというだけだ。

社会に出ればなんの価値もない。

結局は大企業に就職して出世できる奴、起業して成功する奴、社会的地位につける奴がカースト上位に来るのだ。

そして自分は医師という社会的地位を手に入れた。

それが彼女と釣り合う機会になったのだろう。

成人式で出会ったのち、彼女とは21歳くらいから交際を始めた。

多少デートもしたが、勉強が忙しく、特に研修医時代は多忙に多忙を重ね彼女どころの話ではなかった。

つくづく自分は努力しなきゃついていくこともできない凡人なのだと思った。

天才というものが周りにはたくさんいたため運命を呪った。

とにかく必死で心が折れそうなときもあったが、彼女は優しく支えてくれた。

あなたならできる、大丈夫と自信を持たせてくれた。

そんな支えもあり、国家試験や研修医時代を乗り越え、俺達はゴールイン、28歳で結婚をはたした。

ここまでは..ここまでは順調だった。

社会的地位を手に入れ、美人で優しい女性と結婚できた。

仕事にも慣れてきて後輩には基本的なことを指導するくらいはできるようになった。

今年で30歳。

そろそろ本格的に妊活をしてアットホームな家庭を作るのも良いだろう。

子供を2人くらい作って、一戸建ての家を購入して、犬なんかも買ってみたいな。

そんなことを考えながら急患が入り夜通しの勤務となってしまったい、翌朝6時半に帰宅したときのことだった。

「あれ?」

帰宅しても、妻がいないのだ。

妻は結婚したときに寿退社して今は仕事はしていない。

夜通しで遊びにいくようなことも今まではなかった。

何かあったのか?

と心配していると間もなく玄関の鍵が開いた。

妻だった。

妻は玄関前に立っている俺をみると目を見開いて驚いていた。

「帰っていたのね。あなた、今日は帰れないって言ってなかった?」

「今帰ってきたんだ。急患も落ち着いたし、今日は当直の日だから、休んで夕方からまた出勤するよ」

「それより今日は朝帰りかい?なにも聞いていなかったけど」

「昨日友達と合っていたら急にあなたが帰れないっていうから、そのまま喋り明かして泊まって来たのよ」

彼女は伏せ目がちにそう言った。

これ以上は詮索されたくない、そんな重い空気を纏っていた。

「・・そうかい」

これ以上の詮索はしないことにした。

信頼を築くのには時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ。

「悪いけど休ませてもらうよ。夕方からまた仕事だし、疲れていてフラフラなんだ。」

そう言って熱めのシャワーを浴びて、すぐに布団に入った。

実際、頭も体も疲れ切っていた。

しかしそんな状態にもかかわらずなかなか眠ることはできなかった。

妻が帰ってきたときの驚いた顔が頭から離れず、この胸騒ぎが杞憂であってほしいと、そう思わずにはいられなかった。

しかしそんな願いとは裏腹に、心配事は現実のものとなる。

しかもその日のうちに。

結局ほとんど眠れず諦めて14時くらいに布団から出た。

そして気持ちの切り替えと、目を覚ますために散歩に出ることにした。

5月にしては日差しの強い日ではあったが、不調気味の体には心地よく感じた。

散歩したり、公園のベンチで日向ぼっこをしたりして、小一時間で帰宅。

ついでにポストを確認した。

すると中にはクレジットカード会社からの重要と書かれた封筒があった。

それは妻宛のものであった。

本来であれば妻に渡すべきものだし、妻に話を聞くべきなのだろう。

しかし先ほど芽生えた不信感は拭えず、俺の脳は警鐘を鳴らしていた。

「これは督促状なんじゃないか?」

もし放っておいたら大変なことになってしまう気がした。

とりあえず服の中にしまい、隠して自分の部屋に持ち込んだ。

そして中を確認したら..案の定、督促状だった。

内容はリボ払いの請求だ。

そして驚くべきは今回の支払い額ではなく、利用量が最大額の200万円になっているということだ。

「しかもこれ家族カードじゃん..」

要するに支払うの自分なのだ。

お金のことはあんまりうるさくはいわないようにしていたけど、これはどういうことなんだ?!

頭が混乱する。

封筒の中には明細も入っていた。

利用内容は外食、美容室やネイルサロン、エステ、ネットショッピングが多数。

「あと..〇〇観光?なんだこれ」

これは..俺の当直の日…?

胸の音が大きくなり頭が真っ白になった。

嫌でも想像がついてしまう。

自分の当直の日にだけ使われている支払い。

ネットで調べてみると、案の定ラブホテルだった。

ラブホテルをカード決済で支払うと明細にはホテルとわからないような会社名にしているのだとか。

頭は全く働かないがこのままにしておくことはできない。

そのまま妻のところへ向かい、督促状を叩きつけた。

「これはどういうことだ?」

「あなた..勝手にみたの?」

「勝手にって..これは家族カードだから支払うのは俺だろう。なんで利用額がいっぱいになって支払いが滞っている」

「生活費はそれなりに渡してあるだろう」

「・・あんなのじゃ全然足りないわよ」

「全然って..」

金銭感覚はどうなってるんだ?と思わざるをえない。

確かに浪費する傾向はあると思っていたが、使える範囲内でのことだと思っていた。

「自分の貯金はどうなっている」

「はっ、そんなのあるわけないじゃない」

「・・・・」

自分は寿退社して稼ぎもないのに貯金を使いつくし、夫のカードで浪費し放題とは呆れてものが言えない。

リボ払いにして支出を隠そうとしていただけまだ可愛げがあるとでも考えたほうがいいのだろうか?

「じゃぁこれはどういうことだ。俺の当直の日に支払われているやつ。調べたらラブホテルだったぞ」

「・・・・」

妻は予想していたように特に驚きもせず、しかし黙り込んで反論しなくなった。

はぁ..とため息をつき、

「浮気だな、そうなんだろう」

と俺は尋ねた。

しかしやはり返事は返ってこない。

沈黙ということはそうだということなんだろう。

しかし俺も何も考えずに行動してしまって、この後どうすればよいか自分でも分からなくなっていた。

簡単に消化できることでもないが、一時の過ちだと割り切って改心を促すべきか。

しかし人はそんなに簡単に変われるか?また繰り返されて裏切られるんじゃないか?

そもそも問い詰めるべきではなかったんじゃないか?

妻は妻なりに優しく、夫の俺を立ててくれるし、これまでも俺が辛いとき精神的に支えてくれた良きパートナーだった。

俺も少し冷静になったほうがいいかもな。そう思い、一旦話を切り上げようとすると…

「・・なによ偉そうに」

それは小さな声での反論から始まった。

「医者だからって期待したのに給料は大した事ないし全然上がらない」

「もっといい生活できると思ったのに、なによこれくらいの稼ぎで偉そうに!」

「周りの友達のご主人はもっと稼いでいるわ!こんなケンカになることもないくらいね!」

「私だってずっと我慢してたのよ!多少カードを使ったり男遊びをしたくらいでなんなんのよ!文句あるならもっと稼いできなさいよ!!」

「・・・・」

めちゃくちゃな反論だった。

なに?俺が悪いの?

反省がないどころか俺のせいにされる。

とにかく今はダメだ。

彼女も冷静ではないし、建設的な話は不可能だ。

「・・とりあえずここまでにしよう。お互い一旦頭を冷まそう。俺は仕事だからこのまま出かける。」

この後仕事なのが幸いだった。

この空気で家にいるのは辛い。

仕事の準備をして足早に出かける。

「じゃぁ、行ってくる」

一応、リビングにいる妻にそう声をかけた。

ドアを閉めるとき、

「結局人は変わらないってことね」

と、小さな声で、しかしはっきりとその言葉が聞こえた。

どういう意味だろう?

人は変わらない?

そりゃそうだろう。

簡単に変われるなら変わってみたいさ。

なんなら今一番そう思う。

なぜ俺はこんな人を妻に選んでしまったのだろうと。

美人だし、優しさもある。

でもこんな浪費家で、浮気性な人を。

職場に向かうため車に乗り込みエンジンをかける。

嫌なことは連鎖するものだ。

気持ちを落ち着かせ、安全運転を心がけてから発進する。

車を運転していてもさっきの言葉が頭から離れない。

「結局人は変わらないってことね」

変わらないっていつの俺と今の俺を比べているんだ?

彼女はいつから俺を見ていた?

出会った成人式の日?

興味を持ったのはおそらくその時だろう。

高校生のころは面識はあっても大して話したこともなかった。

話したこともなかった?

ふとした違和感を覚えた。

それは話す価値もなかったということか??

医大に入ったから俺に興味を持った。

価値のある男になるだろうと期待して。

そしてその期待に俺は届かなかった?

そういうことなのか??

そんなことを考えていると段々とイライラしてきた。

車の運転を自制するのが難しかったが、事故を起こすわけにもいかない。

どうにか気持ちを落ち着かせ職場までたどり着いたが、思考は止まらない。

俺の考えが間違ってはいなければ、彼女は俺をずっと見下していたのだ。

スクールカーストで自分より下だった俺を。

あの時からずっと。

許せなかった。

努力して努力して、ようやくここまできた俺の人生を、所詮あなたではその程度と三行半を突きつけてきたのだ。

自分は何様なのだ。

ちょっと美人なだけで、どれだけ上級国民だと思っているのだ。

勘違いも甚だしい。

そしてそんなことも見抜けなかった自分が情けなかった。

脳が半ば思考停止した状態で仕事がはじまった。

しかも当直勤務だ。

そして今日に限って忙しかった。

急患や状態急変が立て続いた。

しかし逆にありがたかったのかもしれない。

余計なことを考えなくても済むから。

そんな、怒涛の業務はようやく終わった。

結局仮眠もとれなかった。

「そろそろ帰るか..」

帰るのも気が重いなぁ、と、そう思いながらつぶやいた。

眠気覚ましの缶コーヒーを買って車に乗り込んだ。

今思えば昨日からほとんど寝れていない。

体はもう限界だった。

運転してしばらくすると急に眠気が襲ってきた。

心地よい初夏の朝日だったが、それが眠気を誘発しているのだろう。

缶コーヒーを一気飲みし、カフェインの効果が出るのを祈った。

しかし

「・・・・っ!!!」

気づかないうちにウトウトしてしまっていた。

目の前の信号は赤。

俺は急ブレーキをかけ、なんとか停止線を少し越えたところで止まることができた。

一気に心拍が跳ね上がり、冷や汗が吹き出た。

危うく交差点に信号無視して突っ込むところだった。

「・・洒落にならんな」

そう呟きながら安堵していると交差点の向こうから一台のトラックが向かってきた。

あれ?なんか車線をはみ出しているぞ。

こっちに向かってくる。赤信号だぞ?

あれ?やばい?

運転手は?

運転手の様子に目を凝らすと目を閉じ眠っているようだった。

そしてそんな様子が確認できた時にはトラックは目の前に迫っていた。

やばいやばいやばいやばい!

どうしたらいい、なんでこうなる!

そうだ、バックだ。

ギアをリバースに入れて…

そんな行動も無情にも間に合うことはなく、凄まじい衝撃と一瞬の激痛と共に俺の人生は幕を閉じた。