穏やかな春の日、母ヴィーネは第4子を出産した。
高齢出産に近い年齢での出産ということもあり、公表した際には一部からよく思わない声も聞かれていたが、概ねは祝福されるものだった。
人の噂とは移ろいやすいもので、すぐに次は男の子なのか女の子なのか、父親似なのか母親似なのかなど憶測や期待などに変わっていった。
もちろん一番楽しみにしていたのは他でもない夫である王エンヴィであり、自分たち家族だ。
それが従者たちにも伝わり、出産予定日が近づくとどことなく城内がそわそわしている様子が伺えた。
産気づくと人払いがなされ、王、ソフィア、エレナ、シャルルは別室で待機となった。
さすがに4人目ということもあり、王も落ち着いている。
そして無事産まれたと報告が入るが、報告に来た者の表情が優れない。
王にのみ小声で報告をし、王は少しの間逡巡するが、僕達に声をかけ、ヴィーネの元へ向かうこととなった。
ヴィーネがいる部屋からは赤子の泣き声が漏れ聞こえた。
その声を聞いたソフィアやエレナが喜びを隠しきれない反面、部屋の前にいる侍女たちの表情は暗く、部屋の中から漂う空気はどんよりとした暗い雰囲気に汚染されていた。
その原因はすぐ分かることとなった。
王は我が子と妻ヴィーネを見ると、優しく微笑み「よく頑張った」と声をかけ寝転ぶヴィーネと子供を抱擁した。
しかしその声がヴィーネに届いていたかどうかは分からない。
「ごめんなさい、ごめんなさい」とヴィーネは泣き続けていた。
ソフィアとエレナも誕生した子を見て呆然としている。
ソフィアは両手を口にあて、信じられないといった表情で思考が停止している。
そしてエレナから小さな声で発せられた言葉に耳を疑ったが、それは間違いなくはっきりとした言葉で告げられた。
「うそ…呪い子だ」
呪い子と不吉に形容され、特徴のある顔つきで生まれてきたその子はダウン症だった。
穏やかな春の日、本来であれば第二王子として多くの人達から祝福され生まれるはずであった男の子はレムと名付けられた。
この世界にはダウン症という病名は存在しない。
ダウン症児には特徴的な顔つき、知的面や運動面での発達遅滞、心疾患などの合併などの症状がみられる。
ダウン症の原因は、21番目の染色体が通常2本のところ3本になることが原因である。
多くは偶然に3本になるといわれている。
要するに確率の問題なのだ。
ただ、出産する母親の年齢が高いとダウン症の子どもが生まれる確率が上がるといわれている。
いずれにしても一定の確率で生じてしまう現象であるが、この世界の住人はそのような事実を知らない。
医学が発達する前、たとえば中世のヨーロッパでは障害児を「異端」や「悪魔の影響を受けた」と見なされることもあった。
この世界では先天性疾患や知的障害がある子達を呪いを受けた「呪い子」と見なしている。
この世には呪いが存在する。
1. 言葉の呪い:特定の言葉やフレーズを使って他人に不幸をもたらすことを意図した呪い。古代の呪術では、言葉に強い力があると信じられていました。
2. 物体の呪い:呪いが物や場所に宿るとされるもの。呪われたアイテムを持つと不幸や災難が訪れると言われる。例としては、呪われた宝石や呪われた人形などがある。
3. 儀式の呪い:特定の儀式を通じて行われる呪い。特定の儀式を行って呪いをかけることが一般的です。
4 血統の呪い:家系や血筋にかかる呪い。家族全体が世代を超えて呪いに苦しむことがある。
大体はこんな感じ。
大体というのは明確に定義されているわけではないからだ。
魔法に関する知識は広く広まっていないが、呪いのことならほとんどの国民はなんとなく知っている。
親から悪いことをすると呪われるよなんて言われて教わるのかもしれない。
ルイーズさんは呪いについては懐疑的な見方をしている。
なぜなら呪いという技術はまったく体系化されていないからだ。
ルイーズ自身もどのように呪いを発動してよいか検討もつかないという。
呪いは化学的な現象ではないのは確かだ。
ただし強い思いによって魔法が発動するのもまた事実であり、そのような点を踏まえると呪いというのは誰でも使えそうでもある。
呪いの存在を証明するものとして、所有すると必ず不幸な結果になるアイテムも確かに存在している。
実はそのようないわくつきのアイテムは王国が管理しているのだとか。
ぜひお目にかかってみたい。
とにかく呪いは存在する。
理屈で説明できない現象を形容するものとして。
だが、先天性疾患は理屈で証明できることであり、広義の視点でみれば個性でもある。
決して呪われてなどいないのだ。
ただそれをこの世界の住人は知らない。
知らないから呪いなんていう形容をして恐れているだけなのだ。
このような概念や差別をなくすのは難しい。
人は自分の都合のよいように物事を考えるし、新しい価値観は受け入れられにくい。
自身の心理的安全性を確保するために、現状維持バイアスがかかるからだ。
でも僕はこんな差別をなくさないといけない。
家族と安からな時間を過ごすためにも、この世界で不遇な生活を余儀なくされている人達のためにも。
それが僕の使命になるのかもしれない。