王に謁見する時間となり、謁見の間に通される。
少し会話をするため普通に王に会いに行くだけであれば、王子である僕はこのような場を設定する必要はない。
しかし今回はルイーズの拘留を解除してもらうよう要請するため、正式な『場』が必要であった。
謁見の間に続く大きな扉が開かれる。
大きな部屋の奥には国王エルヴェが立派な椅子に座っており、その隣に宰相であるヨセフが立っている。
部屋の横には騎士が4名、貴族と思われる者が数名並んでいる。
騎士の中にはフェルナンドもいた。
赤い絨毯の上を謁見の間の中央付近まで進み、片膝をつき恭しく俯く。
「まずこの度はお父上を始め、多くの方にご心配ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。そしてこの謁見の機会を与えていただいたことを感謝いたします。」
「うむ。そなたが無事であったことを心から嬉しく思う。で、此度は儂に進言したいことがあると聞いたがいかようなことか」
大体ことは王には伝わっているはずだし、おそらく反対もされないと思っていたが、この1つのやりとりで思った以上に形式ばっている雰囲気があった。
これはしっかりと問答しないといけないな。
王(父親)は昔から厳格だ。
あまり感情を表に出さず、しっかりと受け答えをする。
決して理解のない人ではないのだが、親近感は持ちにくい。
国王ともなれば厳格じゃないとやっていけないのもあるのかな。
僕には分かんないけど、前世の記憶があるためどうしても古いタイプの人って括りになっちゃうんだよな。
柔軟性がないというか…
まぁこの時代を考えると柔軟性とか多様性とか言われても難しいんだろうね。
「はい、ルイーズのことです。現在、拘留されているとお聞きしております。単刀直入に申しますと、拘留を解除していただきたいと思います」
「なぜだ?」
「ルイーズはなにも悪いことをしていません。私がルイーズから魔法の教えを乞うために行われたことで、その過程には何も過失がないからです」
「ふむふむ。そうか。そなたの言いたいことは分かった」
「では…」
「拘留は解除できん。刑に関してはこれから決まるだろう」
「!!!!!」
「なにを驚いている?」
「・・・理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「簡単なことだ。そなたは先程悪いことはしていない、過失がないと言った。だが、それをどう証明する?過失がなければ事故で王族や貴族の誰かの命が失われても問題ないと?そんなわけがなかろう。王族の命は重い。そこに過失があろうがなかろうが、王族が危機に瀕する事態となってしまうことが問題なのだ」
「僭越ながら申し上げます」
宰相のヨセフが一歩前に出て発言しだした。
「この件に関してはまだ刑は確定していませんが、過去の判例からしても王族の命が危機に瀕するような事態を引き起こした場合には死刑が妥当であります」
「死刑?!」
「‥シャルルよ。そなたはまだ若い。驚くことかもしれぬがこれが普通のことだ。王族とはどういう存在なのかを学ぶ良い機会になっただろう。王族であるということは名誉であると共に非常に重い責任が課せられているということを心に刻みなさい」
頭が一瞬怒りで沸騰しかけそうになりかけたが、そういえばこの国の法律に関しては何にも調べていなかったことに気がつき、自分が論理的なことを述べる準備がそもそもできていなかったのだと自覚できたことにより、ギリギリ冷静さを保つことができた。
「他に言いたいことはあるか?」
考えろ。
あえて僕を否定するためだけであればこの場を準備しなくても、過去の判例に基づいて刑を執行すれば良かっただけだ。
これは試されている?
この場が貴族や騎士もいる正式な場だ。
みんなが王位継承権一位である僕を見ている。
「何もなければこれで・・・」
「お待ちください」
全員が自分に注意を向けた。
「まず、今回ルイーズが何をしたのでしょうか」
「先程も言ったであろう。何をしたのかは関係ない。何にせよルイーズがとった行動により、王族が7日間も意識不明となった。このまま目を覚まさない可能性すらあったということだ」
「確かに周囲から見れば私は意識不明であったのでしょう。しかし実際は違います」
「何が違う?」
「僕は意識を失っていたのではなく、寝ながら魔法の練習をしていたのです」
この言葉をその場にいた者が聞いた瞬間、空気が凍るような、そんな無音の刻が流れた。
「・・・何を言うかと思えば。寝ながら魔法の練習をしていたから7日間もの間目を覚まさなかったと?ではそなたは余の見立てが間違っていたと、そう言いたいのか?」
といい国王エルヴェは立ち上がった。
明らかに怒っている。
周囲の反応も同様だ。
「そんな子供じみた言い分が通用すると思ったのかシャルル?正直言ってガッカリした。いくら王子という身分であれど王を愚弄することは許されんぞ」
周囲の反応も怒りから見下すようなそんな視線に変化した。
やはりこの王子に王になる資格はない、そんな軽蔑に近い目線だ。
確かに僕が言っていることは言葉遊びや屁理屈の類だ。
このままであれば。
「では証明してみせましょう」
「何をだシャルル?寝ながら魔法の練習をしていたという証明か?」
もはや諦めの境地なのか半笑いで王が応える。
「その通りです。父上」
シャルルは右手を前に突き出し、手のひらを天井に向ける。
「ファイヤーボール」
魔法を詠唱し、手のひらの上に握りこぶし大の炎の塊を出現させる。
「!!!!!!」「!!!!!!」「!!!!!!」
皆が驚き、フェルナンドだけが冷静に素早く王の前に移動した。
「どうでしょう?ルイーズさんから教えてもらった魔法が寝ながら練習した成果で使えるようになりました」
皆があっけにとられている。
大した魔法ではない。
小さな火の塊を出現させただけ。
魔法師であれば最初に教わる魔法だ。
しかし魔法が使える者は非常に少なく、ましてや王族で魔法が使える者はいないのだ。
それに魔法を教えてもらいすぐに使えるようになる者は更に少ない。
「シャルル様。王に向けて魔法を使うことも場合によっては重罪ですぞ…」
宰相のヨセフが苦虫を噛み潰したように発言した。
「ヨセフ、よい」
王が宰相を宥めると椅子に座り「なるほど、なるほど…」と自分の髭を撫でながら思案しだす。
「こうなるとそなたの発言もあながち無視できないものになってくるの」
「そなたは7日間前、初めてルイーズに魔法を教えてもらった。それまでに誰もそなたに魔法を教えたこともなければ、使っている場面を目撃したこともなかったはず」
その言葉にとりあえず頷いておく。
まぁ本当に本当のことを話しているんだけどね。
「さて、どうしたものかの」
王はヨセフの方に視線を向けるがヨセフはその視線を無視して前を見ている。
僕の方を向いているが、僕に焦点を当てているわけではない。
この場の全体に焦点を当てて俯瞰しているような印象ではあるが、何を考えているのかは分からない。
さて、そろそろ終わりにするか。
「改めて主張したいと思います。ルイーズは私に適切に魔法を教えてくれました。7日間寝ていたのは私の選択であり、集中して魔法の練習をしていたからです。だから彼女は無罪です。今すぐ拘留を解除してください。私はこれからも彼女から魔法を学びたいと思っていますし、その魔法を使ってフェルナンドから剣術も学びたいと思っています」
王は先程の怒り心頭な姿とは打って変わって非常に穏やかな表情となっている。
王はちらりと貴族の方に目をやり、納得していない表情の者も多い様子も確認するが..
「ふむ、まぁよいだろう」
「今回は余の早とちりであった、そういうことにしようかの。ヨセフ、ルイーズの拘留をすぐに解放するように。そしてシャルルにしっかりと魔法を教えるように伝えろ。そしてフェルナンドも。シャルルを徹底的に鍛え上げるように」
「御意に」
フェルナンドは恭しく即答する。
この場はもうお開きになると、そう思われたのだが貴族の一人が声を上げる。
「陛下!陛下が一度決定されたことを覆すなどあってはいけませぬ!」
すかさず宰相が割って入る。
「エルマン殿、発言するときに許可を求めるように」
怒り心頭しているエルマン公爵には宰相の言葉は耳に入っていないようだった。
なんでこんなに怒っているんだろう?
「ふむ、エルマン。そなたが言うことは儂には理解できん。なぜ儂が決定を覆すことが駄目なのだ」
「王とはそのような絶対の存在なのです!進言したのが王子と言えど、王の決定に反発する余地を与えては王としての威厳に関わります!」
「ほう。そなたが王を語るか。それこそ王に対する侮辱ではないのか?儂はシャルルに意見を変えさせられたのではない。判断するための新しい情報が加わったために判断が変わったに過ぎん。変化も含めこれは王たる儂の決定だ」
「それにな、決定を覆す必要性がないというのであれば、シャルルのように新しい情報を出して証言せよ」
僕のときのように立ち上がることないが、怒っている様子が見て取れた。
その様子にエルマン公爵は「ぐぬっ」と怯みながら後ずさった。
これ以上は異論もでないだろうと判断した宰相が「ではこれにて謁見は終了とします」と簡単に述べ、王が退室していく。
頭を下げて王が退室するのを待ち、扉が閉まったのを確認してから頭をあげる。
「ふぅ…」と一息ついていると、フェルナンドが近づいてきた。
「シャルル様、先程は驚きましたぞ」
「ん?魔法のこと?」
「ええ。私が炎を出せるようになるには、魔法の訓練しだしてから1年はかかりました」
「そうなの?」
「ええ。一度コツを掴んでしまえばそれほど難しくはなかったのですが、そのコツを習得するのに時間がかかってしまいました」
なるほどね。
魔法をうまく発動させるにはある程度の物理や化学の知識、または同等のイメージ力が必要となるのだろうと思われる。
この世界にはまだ物理や化学の本はないから、そりゃイメージもしにくいよなぁ。
おそらくだが、ルイーズはそういった物理法則や化学反応などをある程度の範囲で理解しているのであろう。
それが彼女の秘匿している研究成果というわけだ。
「身体強化はまだできない(やったことない)からまた教えてね」
「・・身体強化の魔法はまだシャルル様は使わないほうがよいでしょうな。体の方が耐えられないでしょう」
んー..筋損傷とか筋肉や靭帯を断裂とかしちゃうのかな?
それなら筋力だけじゃなくて耐久性の方もあげられないのかな?
また色々と試す必要がありそうだな。
「じゃぁ、とりあえず普通のトレーニングからだね」
「よいのですか?アンナ殿からは慎重にと言われていますが…」
「国王からの命令だし、いいんじゃない?」
「シャルル様..アンナ殿にあまり心配をかけない方がよろしいですぞ」
たしかにな..
でももう大丈夫だと分かってるから我慢もしたくないなぁ…
「走ったりとか、素振りとか、ちょっとずつだったらいいかな?」
「様子を見ていきながらやっていくしかないでしょうな」
「うん、そうだね。じゃ、明日から早速お願い!」
こうして剣術指南が始まることになるのだが、数名の貴族達がこちらを睨んでいることには気が付かないのであった。