レムが生まれた当日中に、第二王子の出生が公式に発表されたが、呪い子であることは伏せられた。
もちろん容態についても伏せられている。
そもそも呪い子という言葉も正式なものではない。
いわゆる俗語であるが、一般的に普及している言葉でもあり、前世でいうところの差別用語である。
今回のことでシャルルは呪い子と呼ばれる子供たちの調査をすることを決めた。
それ自体はいいきっかけになったと思うが、その一方でシャルルは反省していることがある。
先天性疾患や何かしらの個性がある子供、または後天的に生きにくさが生じたときに、差別をなくし、弱者となってしまわないような社会保障が必要だと感じ行動を起こそうとしているのだが、そのきっかけはレムの出生であり、それがなければ未だに行動を起こそうとも思っていなかったであろうということだ。
自分の身に不利が生じたことだけ対処をする。
それはとても利己的な対応であり、他者を思いやる想像力に欠けていることの証明なのだ。
今回の人生は次期国王の身。
国民の生活のため、将来の国のため、広い視野で物事を考えないといけないし、知りませんでした、うっかりしてましたで見過ごしてしまうことがあってはいけない。
もっともっとこの国を、そこに住む人達をちゃんと見なければいけない、そう心に誓った。
シャルルはソフィアの部屋を訪れていた。
「それでシャルル、今日はどんなお話かしら?」
ソフィアの部屋の応接間のテーブルに向かい合って話す。
普段であればもっと親密(?)な関わり方なのであるが、今日は相談したいことがあると前もって伝えてからの訪室なので、かしこまって対応してくれている。
「はい、姉様。レムのことです」
「やはりですか。そうではないかと思っていました。今後私達はどのようにあの子を扱っていくべきなのでしょうか」
「‥レムに対しては別に普通でよいのかなと思います。ただレムが普通に生きれるように僕達は環境を整えてあげる必要があるのだと思います」
「環境、ですか。しかし呪い子がどんな災いをもたらすのか不明なことも多いです。そのような状況で普通にとはなかなか難しいのではないでしょうか」
「そもそもですが、レムをはじめとする呪い子と言われる子たちは本当に呪いがかけられているのでしょうか?それにその子たちがなにか災いを起こしたことはあるのでしょうか?」
「呪い子が直接的な原因で災いを起こしたという事実は聞いたことはないですね。しかしシャルルは幼い頃病弱でしたし、それに魘される様子はなにか奇妙な印象をもっていたことも事実です。それに続きレムです。そこに何も関連性を感じないかと言われると否定はできません。‥しかしシャルルは呪いのせいではないと考えているのですね?」
なるほど、ここには僕の影響もあるのか。
僕の場合転生の影響があったからだし、レムは染色体異常が要因だ。
でもこれを説明しても理解はしてもらえないだろう。
やはり僕が責任をもって対処しないといけない問題のようだ。
「呪いがどのようなものなのか、そこもはっきりしていない状況です。それなのに普通に生まれてこなかったという理由で、呪いと決めつけるのはいかがなものかと思います」
本当は先天性疾患だと分かってはいるが、それは口に出さない。
あくまで分からないことを、都合の良い形で決めつけるのは良くないと主張する。
「シャルルの言うことにも一理ありますわね。しかし人は自分が信じたいことを信じてしまう傾向があります。その結果が今であり、それを変えるというのは非常に大変なことになりますわよ?」
「すぐに解決するのは難しいでしょう。でも僕達は一つずつ世の中の真実を解き明かし、良い世の中とはどんなものなのか問いかけていく義務があるのではないでしょうか。僕は呪いについて解明したいですし、弱者が虐げられたりするような国や世界は嫌です」
「‥シャルルらしいですね」
ソフィアはシャルルの真っ直ぐな優しさをとても誇りに感じた。
優しさとは決してタダではない。
優しくするためには自分に余裕をもたなければいけないし、その余裕を他者のために使うことは誰にでもできることではない。
優しさとは誰かの犠牲の上に成り立っているいっても過言ではない。
これからシャルルが行おうとしていることは、まさにシャルルの大きな努力と犠牲が必要になることなのだ。
シャルルは幼少期の病弱な自分をレムに照らし合わせて見ているのかもしれない。
シャルルの場合は成長に伴い健康になることが期待されたため、手厚く支援された経緯があるが、おそらくレムはそういうわけにはいかなくなるだろう。
「私にもできることがあれば協力は惜しみません。ただし、注意してください。これから行おうとしていることは人として正しいことだと思います。しかしそれを良く思わない人たちも存在するということを忘れてはいけません。場合によっては国家を揺るがす自体にもなりかねません」
「それって特権階級の既得権益を主張する人たちですか?」
「それもあります。が、それは表面的な問題でしょう。もっと人間の根っこの部分。人は決して清廉な生き物ではありません。弱者が嫌いな人間とは案外多いものです」
ウィークネスフォビアという言葉を前世で聞いたことがあった。
『弱者嫌悪』を意味し、とある研究者が考えた造語なのだとか。
“弱”に対する嫌悪と、”弱”と判定されてはならないという強迫観念が根底には存在する。
「既得権益くらいであればどうにでもなりますが、人の本質的な思想を覆すのはとても困難です」
ソフィアは幼い頃、病弱なシャルルを見下すような大人の視線をたくさん見てきた。
そして自分自身も王族であったとしても女というだけで色物扱いをされる視線を感じていた。
裏でひっそりとあることないことを噂して、その人に対する評価が合意形成されていく。
事実や本質を見抜く洞察力がない有象無象ほどそのような噂や評判に汚染され思い込む傾向がある。
そしてその有象無象こそが厄介極まりないのだ。
時に数は正義となる。
たとえそれが間違った行動だったとしても。
幼いソフィアが感じたのは理不尽でも侮蔑でもない、人に対する恐怖心であった。
「たしかにそうかもしれませんね。なかなか差別意識は変わらないかもしれません。でも差別に対する抑止力を作ることは国として必要な判断となるでしょう。それに、僕は差別の先に幸せな結果は存在しないと思います」
「‥シャルルには理想とする世界が思い描けているんですね」
話を聞いたソフィアはシャルルに感銘を受けるとともに、これからは敵を作り困難に直面することが多くなるだろうと危惧した。
特にエルマン公爵とその派閥、それらの関係者からは相当な反発が予想されるだろう。
彼らは力があるものこそ正義だという信念を掲げている。
実際、先の戦争では彼らの運営している軍隊は大きな成果をあげその功績は計り知れない。
これまでは戦争に打ち勝ち、国を守り、騎士団という王直属の最強の部隊を作り、武力としても王族の威厳を示すことで関係性を保ってきた。
これから行うことは弱者を守ろうとすること。
そんなことをする余裕があるのであれば、功績者をもっと称えろと反発があることは容易に予想できた。
しかしなぜだろう。
これからシャルルが行おうとすることにワクワクしてしまう自分がいる。
シャルルが望む世界を見てみたいと思う。
真っ直ぐな目で見つめてくるシャルル。
愛おしく、まだ幼い、でもどこか頼れる弟。
ここは姉としてもひと肌脱いで、くだらない大人達から守ってやらねばなとクスリと笑う。
「それで?何からはじめるつもりかしら?」
「はい、まずは国民の中にもいるであろう呪い子の調査をしたいです。そして国が管理している呪われているであろう物というのも調べてみたいです」
「呪物に関してはお父様の許可が必要になるでしょうが、呪い子の調査は私も協力します。一緒に街へ出かけてみましょうか」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」