シャルルが夜遊びを行った次の日、謁見の間では内密な話し合いが行われていた。
参加者は国王エルヴェ、宰相ヨセフ、騎士団長フェルナンド、そして黒いローブ姿の女性。
「それでオリヴィア、そやつの特徴は?」
「はい、国王様。私と同様、黒いローブ姿で身形は確認できませんでした。男なのか女なのかも分かりませんが、背丈は小さかったのでおそらくは女かと」
「男だろうが女だろうが問題なのはそやつが使った魔法、じゃな」
「はい…。かなり実用的な魔法でした。使った種類は水系統。氷剣と氷礫、氷像、大量の霧。魔法の規模としては確認されているレベルをはるかに上回ります。それに加えて魔法の連続使用。そして逃亡するための身体強化能力。はっきり言って向かって来られたら私の命があったかどうか分かりません」
最初の一撃。
背後に迫り確実に仕留めたと思われたあの一撃。
気付かれた素振りは一切なかったのに、まるで最初から分かっていたかのように避けられた。
そしてそこからは最悪だった。
氷剣を出されて警戒した。
身体強化以外の魔法を実用的に使ってくる敵ははじめてだった。
次に大量の霧に困惑した。
幸か不幸か困惑し後退ったことで霧の中から現れた氷礫をなんとか避けることができた。
そんな想定外の連続に混乱して状況を読み違えた。
このような脅威に関する情報を少しでも集めないといけないと思い、霧の外側を周回し掻い潜りつつ、中ににいる敵に向かって苦無を投擲し牽制し接近した。
敵に動きはない。
それもそうだろ。
敵はとっくにその場から離脱しているのだから。
霧が散らばり残ったのは無様な自分とそれを嘲笑うかのように民家の屋根に反り立つ氷像。
苛立ち氷像を蹴り倒してやろうとしたが、それはとんでもない硬度と密度のある氷で、私の蹴りではびくともしなかったのだ。
悔しさを通り越して恐怖が込み上げてきた。
もしかしたら自分はとんでもない相手と遭遇してしまったのではないかと。
状況を読み間違えた?
否。
どんな判断をしても良い結果になんてならなかったのではないか。
むしろ自分が無事で何も被害が出ず、驚異的な魔法の使う敵の存在を確認できた。
これ以上の成果?を得られる可能性なんてあっただろうか。
あまりの実力差に今まで積み上げてきた自信は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
意気消沈するオリヴィアを横目に、王は認めたくはないが認めざるをえない懸念を表明する。
「これは王国の危機、いや大陸の危機となるやもしれん。それほどの魔法を使い戦闘できる者が複数名いるとするならば、これまでと同じ戦い方で戦争を行えば間違いなくその他の国は負ける」
「下手をすれば大陸を統一されかねませんな」
宰相も同意する。
「果たしてその者がどの国からの刺客なのか..はたまた全く別の何からの組織があるのか…」
「いずれにせよ我が国にできることは限られておる。魔法をこれまで以上に戦闘に活用できるように訓練するのだ。ルイーズをここに連れてこい。あやつは公表していない魔法の知識や技術を隠し持ってるじゃろ。すべて吐き出してもらう。ヨセフ、金を準備しておけ。金額ははずんでよい」
「承知しました」
「フェルナンド、ルイーズと協働して騎士団を強化しろ。それと魔法の開発にも協力してやれ。多少リスクを犯しても構わん。騎士団を実験台にしてでも戦闘における魔法の実用的な使用をなんとしても可能にしろ」
「御意」
「オリヴィアもルイーズ、フェルナンドと協力して暗部の強化を図れ。そしてその者の正体を探れ」
「承知しました」
その後ルイーズは呼び出され、魔法の知識を洗いざらい吐き出されることとなった。
一旦は拒否したものの事件の詳細を聞かされ、自分の研究の上を言っている存在を知りこだわりがなくなったそう。
むしろ自分より上をいっている者の存在が分かったことで落ち込み、投げやりとなってしまったが、魔法の知識と引き換えに多額の金が入り、騎士団を自由に研究や実験に使ってよいということで奮起し、研究を継続することとなった。
この一連の出来事には箝口令が発せられ、真実を知るものはごく少数に限られたが、急な魔法強化の命が下った騎士団やその家族にはどことなく緊張が走り、平和が続いた生活の終わりを懸念することとなった。
その原因となったシャルルは、ピリついた場内の雰囲気を察しながらも気付かないふりをして、夜遊びは当分控えることを静かに決めた。
とりあえずは出会った黒ローブの女性がこの国の人だったんだろうなということが分かり、治安が保たれているのはあのように表に出てこない人達のおかげなのだと分かった。
やるじゃん国王(おやじ)。