9歳になった。
6歳後半から始まった訓練は毎日続き、数kmくらいであれば問題なく走れるようになってきた。
素振りも毎日続けたため腕の筋力もついてきて少しだけ男らしくなったと思う。
体調を崩すこともほとんどなくなり、アンナから過剰に心配されることもなくなった。
順調…だが、凡庸な内容だ。
病弱な少年が、少し体力のある少年になった程度の話だ。
あまり運動能力には恵まれてないのだろう。
ちょっとガッカリである。
せっかく転生したのであれば剣術で無双してみたいところではあった。
まぁ痛いのは嫌だからいいんだけどね。
少し斬られただけでも耐えられる自信はない。
アニメの主人公みたいに血だらけで戦うことはとてもじゃないけどできない。
足の小指をぶつけただけでもあんなに痛いのに。
転生したのが騎士じゃなくてよかったと胸を撫で下ろす。
では魔法の方は順調か、と言われればそちらも順調ではない。
まず魔法の発動に関してはルイーズが使える魔法は一通り使えるようになった。
これに関してはルイーズも驚きを隠せなかった。
どうやら僕以外に真似できた人はいなかったようだ。
おそらくだが、魔法の発動には物理や化学の知識がある程度必要なのだと思う。
その点に関しては前世の記憶がある僕にとっては全く問題のないことだった。
ルイーズには何となく真似してみたら出来たと答えておいた。
ルイーズは前提が覆ったかもしれないと言っていたけど、多分間違ってないよ。
言わないけどね(笑)
だけど経絡体の保持に関してはなかなかできるようにならなかった。
意識しなくなるとすぐに魔素が霧散しそうになるのだ。
ルイーズからはもしかすると浸潤型であることが経絡体の保持を難しくしているのかもしれないと言われた。
大経絡型や開放型は脳から脊髄、そして手足への新経路に沿うように魔経絡が形成されるため経絡体の形を保ちやすいのかもしれない。
その点、浸潤型は未知数な部分も多い。
ちなみにだが体内全体に魔素を充填することは簡単にできた。
しかしこれは魔素をコントロールしていることにはならないため練習にはならない。
ルイーズ曰くそれでは魔素消費量が多くなるだけで魔法の出力はあまり上がらないのだそう。
何事も質も量も重要ということだね。
結局、地味に頑張るしかなかった。
ルイーズとしてはこれくらいは躓いてもらわないと指導者として自分の立場がないと、苦悩するほどにニヤニヤと嬉しそうにするのだった。
一度定着すればそれほど難しくないよって言うけど、それが難しんだよ!
分かって言ってるよ絶対。
ちなみにルイーズの研究は少し進んだ。
ルイーズは光因子から変換した魔素をとにかく貯めた。
容量はすぐいっぱいになるため濃度の変換を試みた。
結論からいうの濃度は上げられなかった。
しかしそのかわりに新たな発見をする。
夜は光因子が減るため魔素を生成しにくい。
そんな時、いつもの魔素コントロールの練習の一貫で目に全ての魔素を集中し、闇夜に目を凝らしているとキラリと光るものが見えた。
よく見るとあちこちにそのキラキラしたものは浮いていた。
そしてそれを光因子のように吸収するとそれは濃い魔素だった。
しかし歓喜したのはいいがそれも束の間。
濃い魔素はすぐに霧散してしまった。
ここで1つの仮説ができた。
魔素の濃度を上げれないのではなく、そもそも濃い魔素を感知することができていないのだ。
しかも濃い魔素はそこら中にあったのだ。
濃い魔素を見たり生成したりするには自分の魔素に対する感度を上げないといけないという答えに辿り着いた。
これらの発見は僕が魔素の色と濃度について違いを感じたことを伝えたことがヒントになったようだ。
今までは魔法の発動方法や魔素量ばかりに目がいっていたが、魔素の感度や濃度にも着目して研究しだしたのだ。
そしてさらなる仮説を立てる。
浸潤型の魔経絡を持つ者は魔素に対する感度が高いのではないかということだ。
たしかに..そうなのかな?
前世からの影響かなって思ってたんだけどなぁ。
まぁそれは僕も仮説として考えておこう。
しかしそれよりも気になったことがあった。
目に魔素を集中すると感度があがる?
これは使えると思った。
眼球、視神経、脳に魔素を集中すれば、動体視力が跳ね上がるんじゃないか?
その答えはイエスだった。
視覚機能に集中し魔素を保持することは難しくなかった。
自室の窓から庭を見下ろし、視力を上げたり、遠くをみたり、虫が飛ぶ羽の動きや雨粒の一つ一つも見ることができた。
ただ視覚情報があまりに違うと、体性感覚とのギャップが強くなり、動作の中で使うには感覚がアンバランス過ぎて現時点では実用性に乏しかった。
遠くから動かずに覗き見するにはいいかもね(笑)
しかしこの能力を上手く活かせば戦闘能力は間違いなく上がるはずだ。
まずは毎日の剣術の訓練で少しずつ試すことにした。
動体視力を少しだけ引き上げ、フェルナンドとの剣術稽古に使ってみた。
「フェルナンド、模擬戦をしたいんだけど」
一通り稽古を終えた後、フェルナンドに提案してみた。
「珍しいですね。まぁよいでしょう。何か試したいことでもあるのですか?」
「うん、内緒だけどね」
勝つことはできない。
そもそも大人と子供だ。
でも一矢報いるくらいは頑張ってみたいよね。
まずは動体視力1.5倍。
木剣を上段構える。
僕はまだ力がないから上段の構えが基本だ。
力もないから一撃で倒すことはまず困難。
距離を詰めても体術でも叶わない。
狙うは距離感と速さを活かした突き一択。
ただしその突きも通常であればフェルナンドには容易に躱されてしまう。
相手の動きを読み、隙を狙う。
「行くよ!」
まずは打ち下ろし。
フェルナンドは片手で簡単に弾く。
もちろん僕も全力で打ち下ろしたわけじゃない。
反動も利用して横薙ぎ二閃。
体の小ささと速さで反撃をさせないようにする。
しかしこれも簡単に弾かれ、突きを放つタイミングを覗うがフェルナンドが後ろ足に力を入れ一歩踏み出そうとしていることを確認し、一旦間合いをとる。
ふぅ、とりあえずいつもよりは少し『視える』ようになったぞ。
動体視力を上げたことで相手がどのように対応するか分かるようになった。
僕の剣を弾きにくるだけか、反撃しようとしているのか、今までより早く読み取れる。
よし、これは使えるぞ!
次に動体視力を2倍にする。
ちなみに動きながら実用的に動体視力を使えるのは2倍が限界だ。
これ以上の動体視力強化は体のコントロールがおかしくなってしまうことはすでに実証済みだ。
おかげでここ数日は怪我だらけさ。
すぐ治したけどね。
「さっ!次いくよ!」
上段に再び構え左手に力を入れた瞬間だった。
フェルナンドの右手がいつもより速く動いた!
これは弾くだけでなく、反撃につなげる動きだ。
重さよりも速さを優先して打ち下ろし、重心は後ろに残しておく。
案の定剣は強く弾かれるがそれは想定済み。
一旦攻撃を中止し半歩下がるが、なぜか追撃はこない。
フェルナンドは動きを止めている。
構わずフェルナンドの左側に回り込み、横薙ぎを打ち込む。
対しフェルナンドは重心を下げ、防御の姿勢。
おそらく..反撃はこない!
そう判断し、剣と剣がぶつかる瞬間、フェルナンドの剣を持つ腕に異様に力が込められているのに気づく。
やばい!やられる!
咄嗟な判断で、斬撃を緩め、打ち終わりに離脱することを選択する。
案の定、フェルナンドは追撃はしてこなかった、が…
「そういうことでしたか」
とフェルナンドはニヤリと笑う。
・・やばい、これバレたな。
「ならばこちらからもいきましょう」
フェルナンドから上段斜めから初太刀がくる。
動きは読めているので木剣で防ぐ。
あれ?軽いな。
と思うとすぐ次の太刀がくる。
防ぐ。
またすぐ次の太刀。
「ぐっ..!」
防ぐ、防ぐ、防ぐ、ふせ
「ッ゙!!!」
防いだつもりが木刀が弾かれてしまった。
「勝負アリですな」
「今のはどうやったの?」
「剣と剣がぶつかる瞬間だけ、少し力を入れてみましたが、今のは視えましたかな?」
「やっぱり分かってたんだね、ちぇ」
「まぁ魔法が使える者であればそういうこともできますからね。しかしシャルル様、今の時点ではその使い方はおすすめできないです。視えすぎるのは視覚情報に頼りすぎることになってしまいます。それではさっきのように視覚情報以上の事態が起きたときに対応ができないのです」
「結局、地道にやるしかないのかー」
どうにか加速度的に強くなりたいんだけどなぁ。
「地道な訓練が結局は最善の道ですよ。シャルル様は魔法も使えるのですから、それだけでも伸び代は大きいですし」
「ちぇー」
どうにかならないかなぁと思いながら素振りをしていると「シャルル様、雑念が入りすぎです」とフェルナンドに注意されてしまった。
ひとまずは地道に鍛錬だな。