また先を越された。
姉は弟シャルルを溺愛し、時間があればシャルルのもとを訪れ愛でている。
今回シャルルが倒れたとき姉ソフィアはひどく心配をしていたが、実はそれは私も同様だった。
姉のように素直になれない自分に嫌気がさす。
でも誰かに甘えたことなんてないのだ。
王女という立場もあり、どうしても人目も気になってしまう。
秀才で人間性も評価されている姉と、平凡な自分が同じ行動をとっても同じ評価にはならないのだ。
姉ソフィアは昔から優秀だった。
早くに読み書きをや算術を覚え、様々な教養を身に着けていたと聞く。
それに比べると自分は平凡。
読み書きや算術も10歳になってようやく一通り覚えることができた。
更に姉は人格者でもあり、誰にでも優しく、慈愛の精神があり、それでいて主張すべきことはしっかりと主張した。
無闇に敵を作ることもなく、王としての素性を支持する者もさえいた。
それに比べると私は普通の知性で普通の人間性。
秀でた能力はなく、王族としては民の支持を得るには物足りない存在だと自認していた。
自分は王になる素質はない。
王位継承権としても今のところ第三位である。
物心がつき、自分が王族として生きなければいけないことが分かったとき、自分がすべきことは王を支えることだと思った。
そしてその対象は間違いなく姉のソフィアであると思ったが、王位継承権第一位は弟のシャルルである。
しかし男というだけで王が務まるとは到底思えなかった。
王が男でなければいけないというのは古い風習であるとエレナは考えていた。
シャルルが成長し、身体的あるいは武力的に多少姉より優れたとしても、王の仕事は戦の前線に立つことではなく国を統治をすることである。
その適正は明らかに姉にあった。
弟シャルルの適正は不明であるが、それ以前に病弱でまともに生活することもできていないのだ。
そんな弟に国を任せることができるであろうか。
男というだけで王位継承権第一位を得ている弟シャルルをエレナは良く思わなかった。
正しく言えば、不当に冷たい態度をとっていた。
エレナとしてはこんな病弱でひ弱な男なんかが姉よりも王としての権利が上なのか到底納得できるものではなく、弟に罪はないと頭では分かっていても感情を折り合わせることはできなかった。
エレナはソフィアを支えることだけを念頭に学問や教養を学び、努力を重ねた。
そんな中、いつものようにソフィアの背中を追って過ごしていると、ソフィアの行動に変化が現れるようになった。
妙にソフィアがシャルルのもとへ訪れる頻度が増加したのだ。
最初は病弱な弟を心配して励ます為に訪れていたのだろうと思った。
しかし私は見てしまった。
シャルルがソフィアに抱きつき、擦り寄っている姿を。
甘えたい年齢ではあるのだろうが、その所作は子供の無邪気な行動とは思えない巧妙さがあった。
その行動の根底に、エレナは何かしらの下心を感じずにはいられなかった。
シャルルは自分が病弱であることを理由に同情を誘い、姉を誑したのではないかと。
考えれば考えるほど、そうに違いないと確信が深まった。
許せなかった。
将来王となるのに相応しい姉を誑し、きっと何かを企んでいるはずだ。
もしかすると自分が王位継承権第一位であることを認識しだして付け上がっているのかもしれない。
それであれば将来王になる姉を支えるのが自分の使命である。
その障害となりうる弟を厳しく処罰しなければならない。
その思いでシャルルの部屋に乗り込んだ。
「これはエレナ姉様、ようこそいらっしゃいました」
シャルルは薄笑いを浮かべながら(エレナにはそう見えた)エレナを迎えた。
「最近姉様がよくここに来ているようね」
エレナは単刀直入に切り出した。
「はい、そうですね。ありがたいことによく来てくださり励ましていただいています。ソフィア姉様の励ましもあり、おかげで最近は体調もよくなってきました。エレナ姉様にも大変ご心配をおかけしました」
「別に心配なんてしてないわよ」
「それでも、ありがとうございます」
冷たく返答したつもりだったが、ニコッと微笑みながらシャルルは更に感謝を述べる。
なるほど、こうやって姉の気を引いたのか。
思っていたよりも強かな奴なのかもしれない。
病弱なことに偽りはないだろうが(見た目は肌白く華奢な体付きだ)、病弱な人の弱々しい覇気というものは全く感じられない。
むしろこれは自信に満ちあふれている者のそれだ。
貴族にはこのように自分は特別な存在だと思い込み増長する子供がたくさんいる。
シャルルもそれに洩れない凡人というわけだ。
「シャルル、あなた最近妙に姉様と仲良くしているみたいじゃない。なにが狙いなのかしら?」
「狙い…ですか?そうですね…」
そういうとシャルルは私の方に近づいてきた。
身構えるが時すでに遅く、私はシャルルに抱きしめられていた。
「なっ!?」
「いつもこうしてソフィア姉様に感謝の気持ちを伝えているのです。今の僕があるのは姉様達がいつも励まして勇気付けてくれたからです。僕はその恩返しがしたいのです」
あまりに自然な動作に回避行動がとれなかったが、すぐに振りほどいてシャルルから距離をとった。
予想外のことに驚きと怒りと恥ずかしさがこみ上げてきて思わず赤面してしまう。
この辺は自分が思春期だということに自覚のないエレナだった。
「いきなり何すんのよ!変態!」
「へ、変態?!ごめんなさい、嫌でしたか?」
困り顔でシャルルが訴えてくる。
「嫌に決まってるでしょ!!」
やっぱりだ。
こいつが姉様に擦り寄っていたのは、破廉恥で浅はかな行為が目的だったのだ。
こんな幼い年齢から発情するなんて末恐ろしい。
「そうですか..ソフィア姉様はいつも喜んでくれるのですが…」
「姉様がこんなことされて喜ぶはずがない!」
「そんなことないですよ。いつも喜んでくれますよ?」
姉様の慈愛の精神をこいつは勘違いして増長している。
そうに違いないと確信し怒りがこみ上げてくる。
姉様の善性を利用して体を弄んでいるのだ。
ましてやそれにも飽き足らず、ついには私にまで毒牙にかけようとしているのだ。
(客観的にみて)思考が良からぬ方向に飛んでいってしまいそうなその時だった。
「シャルル〜♪」
と渦中の人ソフィアがやってきた。
「あら?取り込み中だったかしら?」
「いえ、僕がエレナ姉様を怒らせてしまいまして」
「あら?そうなの?シャルルが誰かを怒らせるようなことなんてあるのかしら?」
とソフィアは不思議そうに喋りながら近づいてきてシャルルの隣に座ってシャルルの腕に抱きつく。
「ソフィア姉様?!」
「なにかしら?」
エレナはソフィアの予想外の行動に混乱してしまう。
「い、い、いきなり抱きつくなんておかしいです!」
「え?まぁどこぞの殿方であればそうかもしれませんが、シャルルは年下の可愛い弟ですのよ?なにか問題があって?」
「そう言われるとそうかもしれませんが…」
反論らしい言葉を見つけられないエレナ。
先程までシャルルが無理矢理にソフィアを弄んでいると思っていたが、今の光景を見る限りソフィアから近づいている。
なかなか現実を受け止められないエレナである。
「でも..でも…」
「エレナはうぶですわね」
カッと顔が赤くなるエレナ。
「そ、そんなんじゃないです!」
と言いながら気付いたら部屋を出ていってしまった。
「どうしたのかしら??」
と訝しむソフィアの声が聞こえたような気がしたが、混乱したエレナはそれどころではなかった。
尊敬する姉様があんなふうに誰かに甘えるなんて想像にもしなかった。
シャルルの悪巧みは勘違いだった?
本当に?
なぜ姉様はあんなふうにベタベタと甘えているの?
姉弟だったら普通のこと?
色んなことを考えだして、もはや思考がまとまらなくなってきた。
そしてふと思い出した。
先程自分もシャルルに抱擁されたのだ。
弟とはいえ、初めて異性から。
思い出すと胸が高まり、考えを頭からが離そうと思えば思うほど意識してしまった。
ソフィアの指摘通り、エレナは極度にうぶなのであった。
それからというものの、シャルルという弟であるが身近な異性の存在を意識するようになったエレナなのである。
中身がおっさんなシャルルにはチラチラと見てくるエレナが可愛く、ついついかまってあげたくなってしまうのであった。
それを嫌がる素振りを見せつつも意識してしまうエレナという妙な関係となってしまうのであった。
初めはシャルルに疑いを持ち信用していなかったが、冷たくしても嫌味を言ってもさらりと受け流し、事あるごとに私に感謝の気持ちを伝え、隙を見て抱擁してくるのだ。
そんなことを繰り返されるうちに満更でもなくなり、いつしか自分の心が解きほぐされ、その愛情を自分が求めていることに気づいてきた。
しかし今まで冷たく、毒づき続けてきたため、今更素直に仲良くしたり甘えることはできない。
でもそれでいい。
私たちは姉弟なのだから。
いつしかこんな病弱でひ弱な、でもどこか自信も持ち合わせた愛情深い弟が王になるのもありなのかもしれないと思うようになった。
姉とどちらが優れているのかは今のところは分からない。
でも私がすることは結局一緒なのだと思った。
姉でも弟でもどちらが王になったとしてもそれを最大限支えるのが自分の役割だ。
ソフィアとシャルルは相変わらず仲良くしているが、どちらかというとソフィアがシャルルを必要としているようだ。
今回シャルルが倒れたことで、自分も大変ショックだったが、ソフィアの狼狽える姿も非常に心配になった。
無事に意識を取り戻したと連絡を受けた時には心から安堵した。
もう弟の存在は自分にとっても姉にとって必要不可欠になっている。
姉の存在も私にとってはなくてはならないものだ。
では私は?
2人から必要とされる存在だろうか?
この平凡な私が。
現時点では否だ。
私は成長しなければならない。
頭脳も、体力も、人格も突出したもののない私だけど、何か必要とされるようにならなければいけない。
何事もなかったかのように無事を報告するシャルルと心から安堵したソフィアを見て、改めて心に誓いを立てたエレナなのであった。