雪は、もう敵ではなかった。
踏みしめた音が、静かに返ってくる。
小人族の集落の前に立ったとき、俺は息を整えもしなかった。
一年。そう呼ばれた時間を、体が覚えている。
「……久しいな」
低い声。
長が前に出る。
振り返らなくても分かる。
背後に、二つの気配。
レオンは半歩後ろ、剣に近い位置。
視線は集落全体を走査している。警戒の形が、そのまま立ち姿になっていた。
フィアは、少し離れた影の中。
こちらも小人族も等しく見ている。立ち位置に、感情はない。
「一年、だったな」
長が言う。
俺は頷いた。
「我らは見ていた。
生き延び方も、斬り方も、立ち方も」
言葉は少ない。
評価も、ない。
「――話そう。闇因子のことだ」
空気が、わずかに沈む。
「光因子は、満ちる力だ。
集め、増やし、外へ放つ」
短い説明。
だが、重い。
「闇因子は、逆だ。
欠け、沈み、内へ向かう」
長の視線が、俺の胸元に落ちる。
「闇を力に変えようとした者は多い。
過去、我らの中にもいた」
一拍。
「耐えられなかった。
飲み込まれ、残ったのは力だけだ」
レオンの指が、僅かに動いた。
止める言葉を探している。
フィアは、動かない。
「それでも――」
俺は、一歩前に出た。
「それでも、使いたい」
長が、俺を見る。
「理由を言え」
復讐、という言葉は浮かばない。
もう、そこにはない。
「奪われたからじゃない」
喉の奥が、少しだけ熱くなる。
「守れなかった。
それを、なかったことにできない」
一年の雪。
血の味。
名前を呼ぶ声。
「忘れたくない。
消したくない」
だから。
「闇が、そこにあるなら――
俺は、それと一緒に進む」
長は、しばらく黙っていた。
やがて、石の器を差し出す。
中は、暗い。
光を吸うような、何か。
「触れよ」
指先が、沈む。
――冷たい。
次の瞬間、視界が揺れた。
燃える城。
泣く声。
逃げる背中。
レオンの剣。
フィアの無表情。
俺自身の、動けなかった時間。
逃げたい、と思う。
だが、手を引かない。
(ああ……)
後悔は、消えない。
でも、拒まない。
胸の奥で、何かが静かに灯る。
熱でも、光でもない。
ただ、そこに在る。
器から手を離す。
何も起きない。
だが――
何も、同じではない。
長が、短く告げた。
「完全ではない。だが、道は示した」
俺は、深く息を吸った。
闇は、まだ闇のままだ。
それでも、歩ける気がした。

