王国は、奪われた。
守ると誓った家族も、笑って名を呼んでくれた従者も、すべて。
――俺は、愛をくれた人たちを守れなかった。
「……殿下、立てますか」
吹雪の向こうから聞こえた低い声に、俺は膝に突いた手に力を込めた。
足先の感覚はとうにない。北方領土は、噂以上に容赦がなかった。
「大丈夫だ、レオン。歩ける」
嘘だ。
一歩踏み出すたび、肺の奥が凍るように痛む。それでも止まれない。
背後で、軽い足音が雪を踏んだ。
「はいはい、無理は禁物ですよ、殿下。凍死って、意外とあっさりですから」
明るい調子で言いながら、フィアは俺の外套を引き寄せ、隙間を手早く締め直した。
その指先は冷たい。でも、動きに迷いはない。
「敵の追撃は?」とレオンが問う。
「今のところは。帝国兵も、この吹雪で深追いはしないでしょう」
そう言って、彼女は笑った。
――仮面みたいな笑顔だ、と俺は思う。温度がない。
「……殿下」
レオンが前に立ち、剣を杖代わりに雪を踏み固める。
「ここから先は、帝国よりも現実が敵になります。食糧は三日分。判断を誤れば、生き残れません」
冷酷なまでに正確な言葉。
でも、その背中は俺をかばう位置から一歩もずれない。
(この人も、失ったんだ)
家族を守れず、それでも俺を選んだ騎士。
俺が生きている限り、その選択は続く。
「分かってる。だから……強くなる。取り戻すために」
復讐じゃない。
奪われたものを、もう一度この手に戻すために。
フィアが一瞬だけ、目を伏せた気がした。
「殿下は、不思議ですね」
「何がだ?」
「こんな状況でも、誰かを憎むより、先の話をするところです」
彼女はそう言って、また明るく笑う。
でも、その視線は、さっきよりも長く俺を見ていた。
――そのときだ。
雪原の先、白一色の中に、不自然な影が動いた。
「止まれ」
レオンが即座に腕を伸ばし、俺を制した。
影は低い。人間より、ずっと。
「……小人族?」フィアが声を潜める。
俺も息を呑んだ。
北方に住む、鍛冶と取引の民。だが、閉鎖的で、人を選ぶと聞く。
影は三つ。
槍のようなものを持ち、無言で距離を詰めてくる。
「殿下、下がってください」
「交渉は私が――」
「いや、俺が前に出る」
二人の視線が重なる。
それでも、俺は一歩前に出た。
小人族の一人が、俺の足元を見て、鼻を鳴らした。
「……王子か」
低く、ざらついた声。
「この土地で生きたいなら――」
彼は、にやりと笑った。
「差し出せ。
命か、未来か……それとも、誇りか?」
吹雪が、さらに強くなった。

