呪物を調査した曜日、ソフィアから呼び出しがあった。
ソフィアの部屋を訪問してからわずか2日である。
「呪い子について何か分かりましたか?」
呪い子の調査はソフィアにお願いしていた。
「はい。概ねの状況については調べることができました。世間一般的には呪い子などと呼ばれていますが、呪いで周りに悪い影響など出ているわけでもないので、普通に生活しているようです」
さすが、仕事が速い。
絶対仕事ができるタイプの人だ。
大企業に入職してめちゃくちゃ優秀なキャリアウーマンとかになれそう。
見た目も良いのでテレビの特集の企業紹介に出て、美人すぎる広報とかで話題になりそうなレベル。
なんて思っていると、ソフィアはキョトンとして顔を少し傾け不思議そうにこちらを見ていた。
「おほん、失礼、なんでもないです」
なんか最近考え方がオヤジ臭くなってしまっているような気がする。
今は子供なんだから変に思われないようにしないと。
「シャルルは弟なんですけど、弟と思えないときがあるんですよね。兄とも違うような気がするんですけど」
ヤバい、勘ぐられている…
「すみません!話を戻しましょう。ふ、普通に、とは?街でもよく見かけるということですか?」
ソフィアは一瞬怪訝な表情も見せるが取り繕い、にこやかな表情で話を続けた。
「いえ…普通にというのは間違った言い方でしたね。それを普通とは言えないでしょう。呪い子達は人目に付かないようひっそりと暮らしています」
「ひっそりと、ということは呪い子に対して差別的な、もしくは攻撃的な人もいるってことですよね?」
「残念なことですが、そうなります。呪いが伝染るという迷信も広まっており差別や誹謗中傷の対象となっているようです。そういったこともあり産まれて呪い子だと分かったら殺してしまう家庭もあるようです。貴族ではそういったことが暗黙の了解で慣例化してしまっているという話も聞いております」
「それはひどいですね」
「表向きは死産だった、ということにしているので正確な調査は難しいです。しかしそれほどまでに、呪い子や呪い子を産む親は呪われているという定説は根強く、皆が差別や誹謗中傷を恐れているというのが実情です」
「じゃあ呪い子やその親はどこで生活しているの?」
「貧民街です。現状、呪い子たちが生活するには物理的・心理的な安全のためにも自主的な隔離が必要となっています。その条件が揃うのは貧民街しかありませんし、そこが一種のコミュニティとなっているようです」
「だから普段街で見かけることはなく、閉鎖的な生活を送っている。人目を一番気にしないでいられるエリアに自然と集まって、呪い子を育てる共同集落のようになっている、ということか」
昔の日本でいう部落を形成してしまっている。
いつの時代もどこの世界でも同じようになってしまうんだな。
これが人間という生き物の本質なのかもしれない。
「ま、とりあえず行ってみましょうか」
「え?どこへですか?」
不思議そうにソフィアは首を傾げる。
「どこって、もちろん貧民街」
ソフィアは驚愕する。
「王族が貧民街へ行くんですか!?嫌とかではないですけど、大騒ぎになりますよ!」
「自分の国の領地の視察なんて珍しくないんじゃないの?」
「そうですけど、貧民街に関しては異例です!それに..あまりこのようなことは言いたくありませんが、エルマン派閥からは抗議される可能性が高いです」
「なんで?」
「エルマン派閥は強者優遇を思想としています。今この国があるのは長年戦争で戦い続けた強者や戦死した同胞の活躍あってもの。ならばそれに報いた者こそもっとも優遇されるべきという考えなのです。弱者に積極的に手を差し伸べる余裕があるのであれば強者をもっと敬えと主張するに違いありません。それにレムが生まれたことで王族の資質を問う話まで出ていて今はあまり刺激しない方がいいと思うのですが…」
「‥それって僕のときもそういう話は出ていたんだろね。2人続けてだから王族の資質に疑念、か。んー…」
たしかに日本でも男女平等の意識が浸透するまで数十年かかっている。
たとえば終戦が1945年、男女雇用機会均等法が定められたのが1985年、その間およそ40年。
この国はまだ戦後十数年。
それも停戦中のような状況だ。
なかなか理解してもらうのは難しいだろうな。
「派閥って他にもあるんですか?」
「他は派閥というほど大きな発言力のある集まりはありません。昔はあったみたいですが、王の政策に少しずつ納得する者も増え自然消滅していったと聞いています。基本的には王の意向に沿う人達が多いです。エルマン公爵も王に敵対しているわけではないのですが、意見が噛み合わないことも多いのです。強者優遇思想を持つ貴族も多いことからそれなりの発言力のある派閥となっています」
「姉様は詳しいですね。勉強になります」
「エマからの情報が主ですけどね。非常にできた侍女です」
そう言いながらニコリと後ろを振り返る。
ソフィアの後ろに立っているソフィアの専属侍女のエマが軽く会釈する。
エマはいつも冷静沈着。
セミロングのきれいな赤茶色のストレート髪。
キリリとした、でもどこか柔和な表情も垣間見える素敵な侍女だ。
社長秘書とか似合いそうだな。
いや看護師や薬剤師なんかもありかも。
「2人はとても良いコンビですね。見ていて安心します」
「あら、シャルルとアンナもとても仲の良い素敵なコンビだと思いますよ」
「迷惑ばかりかけているけどね」
「迷惑とは思っていていませんよ。変なことさえお願いされなければですけどね」
とアンナが返答するが『変なこと』という言葉にソフィアがピクリと反応する。
「シャルル?念の為に伺いますが『変なこと』とはなんですか?」
「いやー..それはあのぉ…」
と、どう答えようか思案していると、ソフィアが徐々に不敵な笑みとなり無言で問いつめてくる。
こういうときの女性ってなんでこんなに怖いんだろう、と冷や汗が吹き出そうになる。
「それがひどいんですよ、ソフィア様!聞いて下さい!昨日呪物の保管庫に調査に行ったんですけど、シャルル様がそこにあった腕輪を私に試しにつけてみろって言うんですよぉ!」
プンスカと怒るアンナ。
「あら、そんなことでしたの」
それをあっさりと受け流すソフィア。
「えーっ!?ソフィア様ひどいです!だって呪物ですよ?!呪われてるんですよ?!呪われちゃうんですよ?!」
「で、結局その腕輪はどうしたのかしら?」
「ん?僕がつけてるよ?」
袖を捲って腕輪をみせる。
「ひぃっ!」とアンナは慄く。
「はぁ、アンナ。王族の毒見役も侍女の役目ではなくて?あなたがシャルル様を呪いから守らなくてどうするの?」
呆れた様子でエマがアンナを指摘する。
エマの方が5つ程お姉さんでアンナの先輩侍女ということになる。
一気に劣勢に立たされてしまったアンナはしゅんとして「毒見ならいいんですけど…呪物は怖いんですよぉ!」と泣きだしそうになってしまった。
アンナが泣き顔になりながら訴え、エマは相変わらず呆れ返っている。
「それにしてもシャルルにしては珍しいですね。アンナに呪物を試してみろだなんて。シャルルらしくないといいましょうか」
「どっちでもよかったんですよ。自分でもアンナでも。多分これ呪われてないですし」
「シャルルにはそれが分かるんですか?」
「多分としか言いようがないですけど。それで今確認中です」
といって自分の右腕にある呪物の腕輪をひらひらと振ってみる。
「今のところは問題ない、ということですね?」
「問題ありませんね」
むしろその腕輪を気に入っているかのようにひらひらと腕輪を回しながら自分の腕を見つめるシャルルを見て、ソフィアはまた一段と頼もしく思うのであった。
目をキラキラさせた悪ガキのような、でもどこか年代物のワインの入ったグラスを傾け艶めかしい視線を向ける紳士のような、そんな不思議な印象を持ってしまうのだ。
「シャルルが問題ないというのであれば問題ないのでしょう。でもアンナ?シャルルの侍女を続けるのであれば覚悟が必要だと思いますよ?」
「ぐすん..わかってるんですけど。呪いとか、おばけとかはどうしても怖いんですよぉ」
「姉様、アンナはよくやってくれていますよ。昨日はあんなに嫌がると思っていなかったので、無理なお願いをしちゃっただけですから」
「シャルル様はアンナに甘すぎます。侍女には死ねと言われれば躊躇なく自害するくらいの気概が必要なのです」
当たり前のようにエマは言い切るが、僕はそうは思わなかった。
「‥そんなことを言う王族がいれば、国のためにその王族が自害すべきだと思うけどね。エマ、アンナ、僕たちには上下関係はあるかもしれない。でもそれは役割としての上下関係だよ。国を守るため、国をより良くするための役割分担に過ぎない。肩書がなくなれば僕達は同じ人間で、対等な存在なんだよ。もし僕達が道を踏み外しそうになったとき、それを止められるのは一番近くにいるエマやアンナだよ」
3人はキョトンとした表情をした後、三者三様の表情となる。
ソフィアは尊敬と憂いの複雑な表情。
エマは動揺し錯綜しつつも取り繕っている硬い表情。
アンナは安心と誇らしい表情。
それぞれが思い巡らす様子を見てシャルルは「僕達はエマやアンナをとても頼りにしているということだよ。簡単に使い捨てる道具のような存在ではないんだよ」と伝えた。
「シャルルの言う通りよ。忠誠は喜ばしいことだけど、盲目的であるのとは違うわね。」
「それで、話を元に戻すとどうやって視察をするかですね。こっそり潜入してもいいですけど、今後のことを考えると堂々と行きたいですね」
「こっそり潜入って..。いつからシャルルはこんなにも大胆になってしまったのでしょう。あの可愛いシャルルが…」
「ソフィア様、心中お察しします。私も同じ心境です」とアンナが同調する。
「姉様、何か口実になるような理由を考えられないでしょうか?」
「うーん..そぉねぇ…..」
「あのぉ…」と恐る恐るアンナが手をあげる。
「どうしたんだいアンナ?」
「実はなんですけど、私の実家が貧民街に比較的近いところにあるんです」
「「それだ!(ですわ!)」」